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about
​JIBITA

私は家業である美術商での修業時代には主に人間国宝などの高価な近現代工芸や茶道具を扱い、年間のほとんどを全国の百貨店美術画廊での企画展に費やしていました。

家業にて6年ほど修業をした後、5年間を他に勤め、再度家業に戻った際に百貨店美術画廊に見た現実は、顧客の高齢化に伴う客数、売上の減少と、美術に強い関心を持つ若い世代が育っていなかった事など、今後、日本国内に於いて百貨店美術画廊のみで生き残っていく事の厳しさを痛感させられるものでした。

​この状況を受け、今後もこの陶芸で生き残る為には減りゆく陶芸ファンを増やしていくほかないと思い、独立して立ち上げたのがJIBITAです。

一方でここ数年は当初の心配をよそに中央や地方都市で大きな器ブームが起きています。SNSでの料理投稿人気が追い風となり、器を通じて陶芸に触れ、またそれにより陶芸を深堀りしてくれる方も多くなってきた事はとても嬉しい事でした。

作家によっては何年待ちというケースも珍しくなくなってきた現代ですが、その動きを冷静に見ていると「人気作家のものが欲しい」というだけの需要によるものも多く、それはそれで仕方がない事だとも思いますが、私が勝手に期待する「陶芸を観る」という視点から離れたところでの人気という点には、天邪鬼的に寂しく感じる事もあります。

無論、人気作家が悪いという事は一切ありません。

 

むしろ一昔前なら作り手と売り手が住み分けをしていた為、作り手は作れば済んでいた(少し強引ですが)訳ですが、現代は作り手自身が発信も演出も全て行う、あるいはそれを期待される時代になってしまった為、その分、制作時間も割かれてしまう事から作り手にとっては大変な時代になってしまったと見ています。

人気はそれら努力の結果なので、その意味で人気作家が悪いという事にはならないと解釈しています(ここでは個々の作品のクオリティーについては触れません)。

かたや人気が無くても腕やセンスのある作り手は存在し、しかし現代ではもの作りの力は前提としてセルフプロデュースもできなければ存在すら認められにくい時代です。

その点からJIBITAは人気だけでなく、そんな作り手が生み出した作品を少しでも多く探し出し、その魅力を丁寧に伝えていく事も大事にしています。

美とは、それを観た者の発見である。
創作である。        ~青山二郎~

JIBITAに来られるお客様は良い意味で人気作家の名前をほとんど御存知ありません。しかし、人気の有無ではなく自分が好きだと感じるひと品をお客様御自身の眼でしっかりと選ばれ、購入されていきます。

私はその光景を見るのが好きで、特に私の完全なる趣味の様なマニアック作品を私の説明を何も聞かずにすっと手に取り眺められておられるお姿を拝見した瞬間などは、「この作品が分かるならきっと陶芸に詳しい方か何かクリエイターをされているのだろう」などと勝手に思い、なぜそれを手に取られたかお聞きしたりします。

その場合、「なんとなく惹かれた」という曖昧なお返事が多いのですが、そこにまた何か伝わったことへの更なる喜びを感じるのです。

青山二郎は

「優れた画家が、美を描いた事はない。

優れた詩人が、美を歌つたことはない。

それは描くものではなく、歌ひ得るものでもない。

美とは、それを観た者の発見である。創作である」

 

 

​という言葉を遺しました。

私はこの言葉に大きな感銘を受けたのですが、この言葉に照らしてお客様が人気とは無関係なところで御自身の眼でしっかりとひと品を選んでいかれる姿を拝見すると、玄人とか素人という域を超えてそこのある美を共感しあえた事に大きな喜びを感じるのです。

そしてJIBITAはこの青山二郎の「二」の字を頂き、「二美探」という別名を持っています。

百万の中から一を掘り出す眼を持つ青山二郎。

そんな眼を持てる様に鍛え続け、その眼を活かして美しいもの探し、世に発信していく。

実はこれこそがJIBITAの大きな使命なのです。